2013.01.08 Tuesday 09:35

もちつきのこと。

 


毎年秋ごろになると、実家からかかる電話の〆の言葉が決まってきます。


「餅つきにはこれるの?」


愛知県にくらす山田家は、毎年12月30日に餅をつきます。


名古屋駅から急行電車で約15分、その駅から徒歩10分。

バリバリの郊外の住宅地なのに、なぜか我が家だけは畑を耕し、井戸の水をくみ、餅をついています。


「正月は帰ってくるの?」とはあまり言われません。


とにかく、餅つき。


餅つきの出欠がどうしてもとりたいようです。


餅つきには、叔父叔母従兄弟やその友人たちが子供も連れてわんさかやってくるので、実家を離れて15年以上もたつ私なんて別にいらないはずなのに。


「餅つきには全員集合」


これが大前提なのです。



12月30日。


早朝、まだこちらが布団に入っているうちから、パチパチと薪が燃える音や、ぺったんぺったんと餅をつく音が聞こえ始めます。


続々とやってくる知っている人や知らない人。


案の定、私はとくにやることがありません。

居場所のない私は、喧噪からそっと離れ、甥っ子の勉強机に座り、自由すぎる自由帳をのぞき見たりしながら、息をひそめていました。


しかし定期的に呼び出しが入ります。


「あんころもちだよー!ねーちゃーん!あんころもちやるよー!ねーちゃーーーん!」


ねーちゃんとは、一族の長女である私のこと。


「ハイハイ」と机を離れ、手を洗い、縁側にむかいます。


あんころもちは、もちにあんこを詰めたもの。


餅がやわらかいうちに丸めなければならないので、スピードが命。


女は全員この作業をするという義務があります。


こどものころから、これは「絶対」の掟。



男衆が餅をつく。





つきあがる。





女衆が。





あんこを。





つめる。丸める。






不思議なもので、何年ブランクがあろうとも、餅とあんこを前にしたら、勝手に手が動くようになっています。


私のとなりには、誰の子かもわからない、名前も知らない5歳くらいの女の子。


女は全員集合なので、彼女は当然のようにそこに座り、見よう見まねで餅をのばしています。


「まんなかをのばしたら、あんこがでちゃうよ」


つい声をかけました。


「あんこをのせたら、ふちっこをつまんでうすくしながら、くっつけて。そうそう、じょうず。手に粉をつけて。はい、両手でころころころころ」


彼女には、「自己責任」という言葉を教え、完成したあんころもちを、七輪のところに持っていかせました。





できそこないの餅は自分で食べるのものルールのうち。


幼き私もこうやって、おばあさんたちに教えられていたんでしょうね。



脈々。



餅つきはこのように先祖の代から受け継がれているわけですが、


唯一のネックは、山田家がおしなべて、


「餅をつくのは好きだけど、餅はあんまり好きじゃない」


ということ。


だいたいいつも年末ごろまで冷凍した餅が残っていて、


「誰か食べて〜」と餅のなすりつけあいになります。



つかなきゃいいのに。



でもまたつくんでしょうね。



だってセイロが、まさかの新品でしたもの。







「あと30年はできるな〜。がっはっは」


還暦を越えたおじさんたちが笑ってました。



静かに見守ろうと思います。


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